ドキュメント 生還 山岳遭難からの救出 羽根田 治

羽根田さんの遭難系の本は今までに何冊か読んでおりますが、こちらも結構壮絶さが感じられる内容でした。
救いはここで語られている人々については全員生きて帰っているということ。
但し、全員が五体満足に戻れている訳ではありません。
怪我をした人、凍傷にやられてしまった人。
それでも命だけは助かることの出来た人々。

災害時も思いますけど、こういった非日常の中に突然身を置くことになってしまった時に、冷静でいることの難しさというものをひしひしと感じます。
「ふだん人間は何重ものバリアで守られて生活しているが、遭難という状況に追い込まれたときには個人の無力さを感じずにはいられなかった」
遭難者のおひとりが語られた言葉だそうです。

普段の日常生活の中で意識することはほぼないと思われますが、自分たちの当たり前の今は「守られている」からこそ保たれているんですよね。
外敵や雨風を防ぐ家。体温を保つ衣服。空腹を満たす食料。暗闇を照らす灯。そんな備えられた「守り」が意識せずともいつもある。
遭難や災害はその「守り」を失うこと。

けれども戻って来られた人々は、幾つか或いは殆ど全ての「守り」を失うような圧倒的に不利な状況でも生きて帰ることを諦めなかった。
正気を保って生きる意欲を失わなかった。
だから生きて帰って来ることも出来た。
もちろん運もありますけれど。

これは山でだけの話じゃないですよね。
今の日本ではどこでどんな災害・事故・事件が起きても、もう”まさか”という言葉は出ないんじゃないでしょうか。
もしも身一つにされた時に自分を自分の手で守り生き抜くことが出来るかどうか、改めて考えさせられました。

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